はじめまして:戦国武将のお話

2022.03.10

CATEGORY : 雑記

はじめまして!
この度晴れて3月採用となった陸奥守(むつのかみ)といいます。
まだ右も左もわからない状態ですが、徐々に慣れるようがんばっていきたいと思います。
ちなみに新卒ではありません。

趣味はゲームしたりアニメ見たり絵を描いたりと、完全におたく寄りインドアです。
ブログ自体書いたことがないのでセンス0の中身になってしまうかもしれませんが、生暖かい目で見守ってください(汗)

で、テーマは何にしよう……というところでのっけから小一時間悩みましたが、とりあえず「戦国武将」にしてみます。
戦国通と言えるほど詳しいわけではないのですが、大好きな分野でちょくちょく調べては(ほぼウィキペ)メモったりしています。
あ、ちなみに戦国武将を好きになったきっかけは「信長の野望」という超有名なゲームで「この武将やたら能力高いのに知らないな~、どんな武将なんだろ?」という流れからです。

信長の野望・創造 with パワーアップキット

さて今回取り上げる武将は、1497年に安芸国(広島県西部)に誕生し、最終的には中国地方10ヵ国の太守となって「謀神」とも呼ばれた男…………一体だれでしょう?

 

答えは「毛利元就(もうりもとなり)」です。

 

戦国の知識をかじっていればまず知っているであろう武将ですが、一般的にはどうなんでしょうかね?
過去にはNHK大河ドラマにもなっているので、それなりに知られている気もしますが……。

大河ドラマ 毛利元就(NHK)

元就の幼少期、毛利家は一国人衆(地方の一勢力)にすぎない地位で西は大内家、東は尼子家という大国(尼子家はまだ拡大し始めですが)に挟まれた状態でした。
このような中、元就は様々な外交計略や戦術を用いて大国を相手に上手く渡り合い、時には利用し、大内家・尼子家両勢力を滅ぼして領土を中国地方全土に広げていきます。
さらに北九州に勢力を拡大していた大友家とも激しい攻防が繰り広げられますが、こちらは難航し、最終的に九州地方への進出は断念します。

その後は尼子家旧臣による乱に対応している最中、1571年、居城である吉田郡山城にて亡くなります。(享年75)
ちょうど畿内を掌握した織田信長が、将軍 足利義昭、本願寺らの包囲網結成により苦しんでいる時期でした。

武勇ではなく外交戦略・計略を駆使して活躍した武将ですが、個人的にはこういった武将のほうが好きだったりします。
なお中国の覇者となった後は「天下を競望せず」と語り、それ以上の領土拡大を望まなかったといわれています。
もう少し遅く生まれ、天下を目指していたらきっと信長とぶつかっていたんでしょうかね。

以上、簡単ではありますが好きな戦国武将紹介その1でした。

それではまたの機会に~ノシ

Pocket